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経理担当者の退職とAIを使った引き継ぎ|仕訳データから処理ルールを読み解き引き継ぎ書を作る手順

退職した経理担当者の処理ルールは仕訳データに残っているため、表計算で集計した結果を生成AIに読ませて仮説を作り、証憑と専門家への確認で検証してから引き継ぎ書にまとめます。

目次
  1. 経理業務の属人化の定義と本記事で確認した資料
  2. 経理担当者の退職で表に出た属人化の事例
  3. 退職が決まった時点と退職後に行う初動
  4. 仕訳データから前任者の処理ルールを読み解く手順
  5. 生成AIに渡すデータの範囲とマスキング
  6. 抽出したルールの検証方法と状態の管理
  7. 引き継ぎ書・業務マニュアル・業務記述書への落とし込み
  8. 上場審査で確認される内部管理体制と属人化の予防策
  9. よくある質問
  10. 参考資料
この記事の要点

経理担当者が十分な引き継ぎなしに退職しても、仕訳帳、会計ソフトの自動仕訳ルール、取引先マスタには、前任者が繰り返してきた処理が記録されています。仕訳データを表計算で集計し、集計結果を生成AIに渡して処理ルールの仮説を出させ、証憑や税理士・監査法人への確認で検証したうえで、引き継ぎ書と業務マニュアルにまとめます。

AIに渡すデータは目的に必要な範囲に絞り、取引先名や個人名は置き換えます。AIの出力は仮説として扱い、ルールを確定させるのは人です。

経理業務の属人化の定義と本記事で確認した資料

経理業務の属人化とは仕訳の起票、支払、決算整理といった経理の処理について、手順や判断基準が文書になっておらず、特定の担当者の知識と経験に頼って業務が回っている状態を指します(本記事での定義)。

属人化した経理でも、担当者が在籍している間は月次も決算も締まるため、問題が見えにくいものです。はてなの調査報告書も、担当者が経理業務を続けている限り、属人的な運用に起因する問題は直ちに顕在化せず、運用体制の改善も図られなかったと記載しています(p.23)。担当者が退職や休職で抜けた時点で、何をいつまでにどう処理していたかを知る人がいなくなり、決算の遅れや承認の抜けとして現れます(編集部の整理)。

本記事は経理担当者の退職が決まった会社と、すでに退職して引き継ぎ資料が残っていない会社の両方を想定し、残った会計データから前任者の処理ルールを読み解いて文書にする手順を扱います。参考資料に挙げた開示や公的資料に書かれていない手順や表の整理には、「編集部の整理」と付けて区別しました。

経理担当者の退職で表に出た属人化の事例

はてなの特別調査委員会の調査報告書

株式会社はてな(東証グロース、証券コード3930)は2026年7月24日、特別調査委員会の調査報告書(開示版、2026年7月17日付)を公表しました。報告書によると、同社は2026年4月21日、取引先銀行からの連絡を受けて確認し、同社の預金口座から外部の口座へ最大約11億円の送金が実行されていたことを確認しています(p.1)。委員会は調査の結論として、本事案を特殊詐欺による資金流出の事案と認め、経理担当者による横領等はなかったとしました(p.11)。

経理の不正をめぐる事案ではなく、報告書は資金流出の背景の一つとして、経理体制の属人化と引き継ぎの不足を指摘しています。ページはいずれも調査報告書(開示版)の印刷ページです。

報告書によると、同社には経理規程があり、経理業務の基本方針は整備されていました。一方で、規程を具体化する業務マニュアル、手順書、判断基準は明文化されておらず、日常の業務の進め方、会計システムとオンラインバンキングの管理、例外的な処理への対応は、担当者の知見と経験に頼って運用されていました。報告書はこの状態を、経理部の業務が特定の担当者に依存して属人化し、処理の内容と過程を他の役職員が把握しにくいブラックボックス化した状況と述べています(p.23)。

2016年の上場時にすでに経理業務の中核を担っていた2名は(p.23)、2024年7月期の本決算を控えた2024年7月末に退職の意向を示しました。2名は十分な引継ぎがなされないまま7月末から休暇に入り、8月末に退職しています(p.24)。本決算は派遣社員や外部専門家も活用して開示の日程どおりに終え、当時の監査法人から財務諸表と内部統制報告書のいずれについても無限定適正意見を得ました(p.24)。

報告書は権限の設定にも触れています。オンラインバンキングでは振込データの作成・申請と承認のいずれも同じアカウントで行える権限になっており、経理規程の定めに反して単独で振込を実行しうる設定でした(p.35)。報告書は承認権限を作成・申請権限に代えて付与すべきところ、作成・申請権限に加えて付与しており、業務引継ぎの過程で同じ権限設定を行ったと推察しています。承認上限金額も初期設定のままでした(p.35)。

報告書は第5章第3節で、こうした問題の要因の一つに経理体制の脆弱さを挙げています。長年経理実務を担ってきた担当者が期末に退職したことで、属人化していた業務知見やリスク認識が後任に十分に承継されなかったこと、後任の側にはブラックボックス化した業務の中身を把握して内部統制を強化する余裕がなく、オンラインバンキングのアカウント管理や資金移動の統制の見直しにまで至らなかったことが記載されています(p.44)。

引き継ぎの内容についても当面の経理業務を続けるための業務内容、処理手順、資料の所在、関係者とのやり取りが中心で、経理の責任者としてのリスク感覚や役割・責任を伝えるものではなかったと報告書は指摘しています(p.44)。

ニチリョクの開示すべき重要な不備

株式会社ニチリョク(証券コード7578)は2025年6月27日、財務報告に係る内部統制に開示すべき重要な不備があった旨を公表しました。同社のお知らせは不備の内容として、経理担当者の退職等によって財務報告の作成に必要な人員が不足し、決算に対応できる体制を構築できなかったこと、社内のチェック体制が不十分で会計上の見積りに対する補完統制が運用されず、決算作業と監査のスケジュールに遅れが生じたことを挙げています。

事業年度末日までに是正できなかった理由について、同じお知らせは経理担当者の退職に伴う「必要十分な引継ぎ、人員の補充などが間に合わず」と説明しています。是正の方針として並ぶのは、決算・財務報告プロセスの見直しと決算の早期化、内部統制の評価に関わる人員を含む管理部門の体制強化、決算業務への外部専門家の積極的な活用です。不備に起因する必要な修正はすべて反映しているため財務諸表への影響はないとし、財務諸表の監査意見は無限定適正意見でした。

同社は2026年6月30日、第60期(2025年4月1日から2026年3月31日まで)についても開示すべき重要な不備を公表しました。差入保証金の評価に関する監査法人の指摘を受けた社内の再検討で過年度の誤謬が判明し、第56期から第59期までの内部統制報告書も訂正しています。前期の不備には当事業年度中に是正措置を講じたものの、過年度訂正による業務量の増加、さらなる退職者の発生、外部専門家の活用が限定的にとどまったことなどから、十分に改善できなかったと同社は説明しています。

2社の事案の性質は異なるものの、経理担当者の退職の前後で引き継ぎや人員の補充が間に合わなかったことを、決算の遅れや権限設定の不備の背景として記載している点は共通です。

退職が決まった時点と退職後に行う初動

経理担当者の退職が分かったら、仕訳の分析より先に、お金の出入りに関わる権限と、期限のある業務を押さえます。退職前に前任者と一緒にできる作業と、退職後に記録から補う作業を分けて整理したのが次の表です。

やること確認先・資料退職前にできること退職後の代わりの手段
権限の棚卸し会計ソフト、ネットバンキング、経費精算、給与計算、税務の電子申告、共有フォルダの利用者一覧前任者のIDを停止する日を決め、権限を後任と上長に移す。振込データの作成と承認を同じ人が行える設定がないかを確かめる管理者権限で利用者一覧と最終ログイン日を出す。銀行に登録されている利用者と権限の内容を照会する
業務カレンダーの作成月次締め、支払と入金、源泉所得税と社会保険料の納付、消費税・法人税の申告、四半期と年次の決算、監査の日程前任者と一緒に1年分の期限を書き出す前年の納付記録、申告書の控え、振込履歴、監査法人の日程表から逆算する
資料の所在の確認共有フォルダ、メール、紙の綴り、会計ソフトに添付した証憑フォルダの構成と命名の決まりを聞き取って一覧にする共有フォルダの更新日から、直近1年に使われたファイルを洗い出す
認証情報の移管パスワード管理ツール、電子証明書、ワンタイムパスワードの端末パスワードを変更して後任に渡す。パスワードそのものは引き継ぎ書に書かない各サービスの管理者による再発行の手続を取る
外部の関係者の一覧税理士、監査法人、銀行、給与計算の委託先、システムのベンダー連絡先と、依頼している業務の範囲を一覧にする契約書と請求書から委託先と業務範囲を特定する
前任者へのヒアリング例外処理、判断に迷う取引、年1回しかない処理この3種類を優先して聞き、操作しながら説明する様子を録画する税理士・監査法人に、過去の申告資料や決算時の資料の閲覧を依頼する
出所:編集部の整理(権限の確認は、はてな 特別調査委員会 調査報告書(開示版)p.35 の記載を参考にした)

権限の棚卸しを表の最初に置いたのは、退職の前後には普段と違う人が振込の作成や承認を代わりに行うことが多く、作成と承認の分離が崩れやすいためです(編集部の整理)。はてなの調査報告書も業務引継ぎの過程で、振込データの作成・申請と承認を同じアカウントで行える設定になったと推察しています(p.35)。前任者のIDをすぐに止めると支払が止まる場合もあるので、停止日と代わりの承認者を同時に決めておきます。

前任者がまだ在籍しているなら、ヒアリングは文書で答えてもらうより、画面を操作しながら話してもらうほうが判断の場面を聞き漏らしにくくなります。録画から手順書の下書きを作る流れは、当サイトの資料「生成AIで経理の業務マニュアルを作る手順」で扱いました。退職後であれば、録画の代わりに次の節の仕訳データの分析が中心です。月次の締めの工程の組み方は月次決算の早期化とAIの記事で扱っています。

仕訳データから前任者の処理ルールを読み解く手順

前任者が文書を残していなくても、仕訳帳を見れば、どの取引先の取引にどの科目と税区分を使い、摘要をどう書いてきたかが分かるはずです。会計ソフトの自動仕訳ルールや取引先マスタにも前任者が設定した処理の条件が残っています。読み解く手順を表にまとめました。

ステップ使うデータ人が行うことAIに任せること
1 データの出力仕訳帳(2会計年度分が目安)、自動仕訳ルールの一覧、勘定科目・補助科目・取引先・部門のマスタ、固定資産台帳、前期の決算整理仕訳、試算表出力条件と、件数・借方合計を控える―
2 前処理出力した仕訳帳と取引先マスタ取引先名と個人名をコードに置き換え、対応表を社内に残す―
3 集計前処理後の仕訳帳表計算やスクリプトで、取引先・科目・税区分・摘要の組合せごとの件数、毎月同じ日に出る定例仕訳、決算月だけの仕訳、手入力と自動の比率を集計する―
4 ルールの仮説3の集計表出力の件数が集計表と合っているかを確かめる取引の種類ごとの処理ルール、ルールから外れる仕訳、見積り・按分・前払や未払の計上など判断が入る仕訳を挙げる
5 例外と判断の一覧4の出力と仕訳明細確認先と期限を決めて、次の検証に回す確認すべき証憑と、税理士や業務部門への質問の下書き
出所:編集部の整理(2会計年度分は編集部の目安)

会計ソフトの自動仕訳ルールは条件(取引先名や摘要に含まれる語)と適用される科目・税区分の対応を一覧にし、仕訳帳の集計結果と並べると、前任者が手で直していた取引が分かります。自動仕訳ルールで処理されるはずの取引に手入力の仕訳が多い場合、ルールが実態に合わなくなっているか、前任者が取引ごとに判断していたかのどちらかで、どちらであっても検証の対象になります(編集部の整理)。

件数や金額の集計を生成AIにさせない理由は、大量の行を読ませると、行の読み落としや数え違いが起きても出力からは気づけないためです。件数と金額は表計算で確定させ、AIには集計結果の解釈と文章化を任せておけば、AIの出力を集計表と突き合わせて確かめられます(編集部の整理)。集計表の検算の方法はChatGPTで作った仕訳・集計表の検算手順の記事にまとめました。

2会計年度分を目安にしたのは、賞与引当金の計上や固定資産の除却のような年1回の処理が2回分見え、期中に処理を変えたかどうかも比べられるからです。

ルールの抽出・例外の抽出・引き継ぎ書の下書きのプロンプト例

3本とも推測であることを明示させ、根拠とした行と件数を示させ、分からないものは分からないと書かせる指示を入れています。【】の部分は自社の期間や資料に置き換えて使います。

1本目は集計表から取引の種類ごとの処理ルールを推定させるプロンプトです。

以下は、当社の【2024年4月〜2026年3月】の仕訳を、取引先コード・借方科目・貸方科目・税区分・摘要のパターンごとに件数と金額で集計した表です。取引先名と個人名はコードに置き換えています。

この集計表から、取引の種類ごとの処理ルールを推定し、次の列の表で出力してください。
取引の種類/借方科目/貸方科目/税区分/摘要の書き方/根拠とした集計表の行番号と件数/確からしさ(高・中・低)

条件
・出力はすべて推定であり、確定したルールではないことを表の上に明記する
・件数が【3】件以下のパターンは確からしさを「低」とする
・集計表から判断できない取引は推定せず「判断できない」と書く
・集計表の件数や金額を書き換えない

【集計表を貼り付け】

2本目は取引先ごとの通常の処理から外れる仕訳を拾い出させるプロンプトです。

以下は【2024年4月〜2026年3月】の仕訳明細です(取引先名・個人名は置き換え済み)。添付の処理ルール一覧(仮説)と照らし、取引先ごとに最も多い処理と異なる仕訳を列挙してください。

出力の列
仕訳の行番号/日付/取引先コード/通常の処理/この仕訳の処理/考えられる理由(最大2つ)/確認すべき証憑や資料

条件
・理由は推測であることを明記し、明細から読み取れない事情を事実のように書かない
・理由が思い当たらない仕訳は理由の欄に「不明」と書く
・処理ルール一覧にない取引先は「ルール未設定」として別にまとめる

【処理ルール一覧と仕訳明細を貼り付け】

3本目は検証を終えたルールだけを材料に、引き継ぎ書の下書きを作らせるプロンプトです。

以下は、証憑と税理士への確認を終えた処理ルールの一覧(状態が「確認済み」のもの)と、月次業務の一覧です。月次業務の引き継ぎ書の下書きを作ってください。

各業務に次の欄を設けてください。
業務名/頻度と期限/使うシステムと必要な権限/手順/判断基準/承認者/例外時の連絡先/防いでいるリスク/関連する証憑と保存場所/未確認事項

条件
・一覧に書かれていない手順や判断基準を補わず、空いた欄には【未確認】と書く
・状態が「仮説」「要相談」のルールは手順に入れず、未確認事項に移す
・各手順の末尾に、根拠としたルール一覧の番号を付ける

【確認済みのルール一覧と月次業務の一覧を貼り付け】

3本目で「確認済み」のルールだけを使わせるのは、検証前の仮説が引き継ぎ書の手順に紛れ込むのを防ぐためです。【未確認】の欄は引き継ぎ書を承認する前に埋める項目の一覧になります。

生成AIに渡すデータの範囲とマスキング

個人情報保護委員会は令和5年6月2日の「生成AIサービスの利用に関する注意喚起等」で、個人情報取扱事業者に対し、生成AIサービスに個人情報を含むプロンプトを入力する場合は、特定された利用目的の達成に必要な範囲内であることを十分に確認するよう求めています。

本人の同意なく入力した個人データが応答結果の出力以外の目的で取り扱われる場合は個人情報保護法の規定に違反する可能性があるため、提供事業者が個人データを機械学習に利用しないこと等を十分に確認する、という点も同じ注意喚起の内容です。

仕訳データの摘要には従業員や役員の氏名、立替経費の精算先、給与の個人別の金額が書かれていることがあります。処理ルールの抽出に必要なのは取引の種類と科目・税区分の対応なので、個人を識別できる情報を渡さなくても目的は達成できます(編集部の整理)。

データ含まれうる情報扱い理由
勘定科目・税区分・金額・日付会社の取引の内容社内規程で認めた範囲でそのまま渡すルールの抽出に必要な項目
取引先名法人名、個人事業主の氏名コードに置き換え、対応表は社内に残す個人事業主の氏名は個人情報に当たる。対応表があれば結果を元の名称に戻せる
摘要の個人名給与・立替経費・役員関連の取引に書かれた氏名置き換えるか削除する処理ルールの推定に個人名は使わない
給与・賞与の個人別の仕訳個人別の支給額渡さない部門別・科目別の合計で処理の確認に足りる
銀行口座番号・マイナンバー口座情報、個人番号渡さないルールの抽出に使わない
未公表の決算情報上場会社・上場準備企業の業績社内規程で利用を認めたサービスと範囲の中で扱う情報管理の規程との関係を先に決めておく必要がある
出所:個人情報保護委員会「生成AIサービスの利用に関する注意喚起等」(令和5年6月2日)を参考に編集部が整理

利用するサービスは入力したデータが学習に使われない設定や契約になっているか、社内で利用を認めたサービスかを確かめてから使います。経理部門の利用ルールに定める項目は経理部門の生成AI利用ルールの記事で整理しました。営業秘密の管理や外国にある第三者への提供に当たるかといった個別の法的な判断は、本記事の範囲を超えるため、法務部門や弁護士に確認してください。

抽出したルールの検証方法と状態の管理

AIが出した処理ルールは、前任者の処理の傾向を言葉にしたものです。処理が会計基準や税法に照らして正しいかまでは示さず、前任者の処理が誤っていれば、AIはその誤りもルールとして出力します。前任者の処理と正しい処理は分けて考え、次の方法で確かめます。

方法やり方分かること
証憑との照合ルールごとに数件の請求書・契約書を取り出し、仕訳と照らす取引の実態と科目・税区分の対応が合っているか
直近月への当てはめ直近1か月の取引をルールどおりに処理した結果と、実際の仕訳を比べるルールで説明できない仕訳の有無
前期の決算書・申告書との整合ルールに基づく年間の金額を、決算書の科目残高と申告書の数字に照らす年1回の処理や決算整理の漏れ
税理士・監査法人への確認見積り・按分・税区分の判断を含むルールを一覧にして確認を依頼する判断の根拠と、過去に指摘を受けた論点
業務部門へのヒアリング契約条件、支払条件、検収の時期を担当部署に聞く計上時期の判断の前提
出所:編集部の整理

AIの仮説が誤りやすいのは、件数が少なく偶然そう見えているもの、期中に処理方法を変えたために2つの処理が混ざっているもの、前任者の誤りが繰り返されてルールのように見えているもの、といった場合です。2本目のプロンプトで拾った例外の一覧は、この3つの型のどれに当たるかを確かめる材料になります。

ルール一覧には状態の欄を設け、仮説・確認済み・要相談の区分で管理します。確認者と確認日も同じ一覧の記載項目です。確認済みに変えた根拠として、照合した証憑の番号や税理士の回答日も同じ行に書いておくと、後任者や監査法人がルールの由来を追えます。AIで作った資料を監査法人がどう確かめるかは監査法人はAIが作った資料をどう確かめるかの記事で扱いました。

引き継ぎ書・業務マニュアル・業務記述書への落とし込み

はてなの調査報告書は第6章の提言で、経理部業務の可視化の一つとして、経理業務における業務マニュアル等の整備を挙げています(p.51)。提言は経理部の業務を棚卸ししたうえで主要業務について次の表の左列の項目を整備し、実際の業務で使える内容かを定期的に見直し、組織変更・人員変更・システム変更があれば適時に更新することが望ましいとしています。引き継ぎで作る文書の確認表として使えるよう、提言の項目に本記事の手順で作る資料との対応を並べました。

提言の項目(p.51)引き継ぎで書く内容本記事の手順で作る資料
業務フロー業務の開始から承認、記帳までの流れと担当者業務記述書・フローチャートの下書き
業務マニュアル業務ごとの手順と使うシステム引き継ぎ書の「手順」「使うシステムと権限」の欄
処理手順取引の種類ごとの科目・税区分・摘要の書き方状態が「確認済み」の処理ルール一覧
判断基準見積り・按分・支払の保留などを判断する基準税理士・監査法人に確認した結果と、引き継ぎ書の「判断基準」の欄
承認・確認手続承認者、承認の方法、承認の記録が残る場所引き継ぎ書の「承認者」の欄と、権限の棚卸しの結果
例外処理時のエスカレーションルール例外のときの連絡先と判断する人引き継ぎ書の「例外時の連絡先」の欄と、2本目のプロンプトで拾った例外の一覧
出所:はてな 特別調査委員会 調査報告書(開示版)p.51 の提言の項目に、本記事の手順との対応を編集部が加えた

提言は業務内容や判断基準を可視化することで、管理者による確認、担当者間の引継ぎ、内部監査による検証が容易になるとしています(p.51)。同じ頁の次の項目では経理部長が担うべき業務と担当者に分担すべき業務を切り分け、業務分掌と報告ラインを見直すことも挙げられています。

引き継ぎ書には手順だけでなくその確認によって防いでいるリスクと、例外のときの連絡先を書きます。報告書は前任者からの引き継ぎが業務内容、処理手順、資料の所在を中心としたもので、リスク感覚や役割・責任を伝えるものではなかったと指摘しています(p.44)。手順しか書かれていない引き継ぎ書では、後任者は確認を省いてよいかどうかを判断できません。書き方の例を示します。

引き継ぎ書の記載例(数値は架空)

業務名:仕入先への月末支払(振込データの作成)

頻度と期限:毎月25日支払。振込データの作成は22日まで

使うシステムと権限:会計ソフト(閲覧・仕訳入力)、ネットバンキング(振込データの作成のみ。承認は経理責任者)

手順:買掛金の補助元帳から当月支払分を抽出し、請求書と金額を照合したうえで振込データを作成する(ルール一覧No.12)

判断基準:請求書と発注書の金額の差が1,000円を超える場合は支払を保留し、購買担当に確認する

防いでいるリスク:二重払い、発注のない請求に対する支払

承認者:経理責任者(ネットバンキング上で承認)。例外時の連絡先:経理責任者、不在時は管理部長

関連する証憑と保存場所:請求書は会計ソフトの証憑管理、発注書は購買部門の共有フォルダ

未確認事項:海外の仕入先2社の送金手数料の負担区分(2026年11月末までに購買担当へ確認)

引き継ぎ書と業務記述書は読み手と目的が違う文書です。引き継ぎ書は後任者が業務を回すための文書で、業務記述書はJ-SOXの評価で統制を説明するための文書にあたります。どちらも業務の棚卸しの結果から作れるため、棚卸しを1回で済ませ、引き継ぎ書の「承認者」「防いでいるリスク」の欄を業務記述書とRCMの統制の記述に転記する進め方が取れます(編集部の整理)。

業務記述書とRCMの下書きを生成AIで作る手順は業務記述書・フローチャート・RCMを生成AIで作る手順の記事に、会計ソフトの自動仕訳の書き方は自動仕訳を業務記述書・RCMに記載する方法の記事にまとめています。

上場審査で確認される内部管理体制と属人化の予防策

日本取引所グループが示すグロース市場の上場審査の内容には「企業のコーポレート・ガバナンス及び内部管理体制の有効性」の項目があり、コーポレート・ガバナンスと内部管理体制が企業の規模や成熟度等に応じて整備され、適切に機能していることを求めています。このうち経理担当者の退職と引き継ぎに関係するのは、「新規上場ガイドブック(グロース市場編)」(2026年9月)が解説するガイドラインⅣ4.の(3)人員の確保と、(4)会計処理基準と会計組織です。

ガイドライン求められる状況ガイドブックが挙げる確認の方法引き継ぎで残す記録(編集部の整理)
Ⅳ4.(3)人員の確保(p.75〜76)経営活動の安定かつ継続的な遂行と内部管理体制の維持に必要な人員が確保されている従業員の数、新規採用や退職等の異動の状況、出向者の受け入れ状況などから、必要な人員の確保が図られているか、経営管理組織を安定的に維持できる体制かを確認する後任の配置と補充の経過、引き継ぎの日程と実施記録
Ⅳ4.(4)会計処理基準と会計組織(p.76〜77)実態に即した会計処理基準を採用し、必要な会計組織が適切に整備、運用されている適切な経理処理を実施できるかを確認する。会計処理基準が実態に即しているか、運用が恣意的でないかを会計監査人の見解も参考に確認し(p.76)、実務で用いる帳簿等のサンプルと会計監査人へのヒアリングで会計組織の整備状況を確認する(p.77)検証を終えた処理ルール一覧、証憑との照合記録、引き継ぎ書と業務マニュアル
出所:日本取引所グループ「新規上場ガイドブック(グロース市場編)」(2026年9月)ガイドラインⅣ4.(3)(4)の記載をもとに編集部が整理

(4)の解説でガイドブックは上場後に適用となる財務報告に係る内部統制報告制度についても対応準備を進める必要があると述べています(p.77)。引き継ぎで作った業務記述書の下書きは、この準備にも使えます。

上場後の会社では、ニチリョクの例のように、経理担当者の退職による人員不足が内部統制報告書の開示すべき重要な不備として開示されています。上場準備の段階で経理担当者が退職した場合も、体制をどう立て直したかを主幹事証券や監査法人に説明できるよう、引き継ぎの過程とルール一覧の検証記録を残しておきます(編集部の整理)。退職が起きる前から続ける予防策を、次の表にまとめました。

予防策内容頻度の目安
担当の二人化・ローテーション主要な業務ごとに主担当と副担当を決め、副担当が実際に処理する月を設ける四半期に1回
マニュアルの改訂処理、システム、組織が変わるたびに改訂し、改訂日と承認者を残す変更のつど
権限の見直し会計ソフトとネットバンキングの利用者と権限の一覧を出し、作成と承認が分かれているかを確かめる半期に1回
業務の棚卸し業務一覧と引き継ぎ書が実際の処理と合っているかを確かめる年1回
外部専門家の関与の範囲税理士や外部の専門家に任せる業務と、社内で判断する業務の分担を決める体制の変更時
出所:はてな 特別調査委員会 調査報告書(開示版)p.44・p.51 の記載とニチリョクの是正方針を参考に編集部が整理

表の頻度は編集部の目安で、ガイドブックが定めたものではありません。会社の規模や経理の人数に応じて、主幹事証券や監査法人と相談して決めます。上場準備の初期に経理体制のどこを確認されるかはショートレビューで確認される経理体制の記事で、AIを使う経理が審査に向けて残す記録は上場準備企業の経理AI導入の記事で整理しました。

よくある質問

前任者がすでに退職し、連絡も取れません。何から始めればよいですか。

最初に会計ソフトとネットバンキングの利用者と権限を確認し、前任者のIDの停止と、振込データの作成と承認が別の人に分かれているかを確かめます。次に前年の納付記録や申告書の控えから期限のある業務を洗い出し、そのあとで仕訳データを集計して処理ルールの仮説を作ります。過去の申告資料や決算時の資料は、税理士・監査法人に閲覧を依頼して補います。

会計ソフトのデータをそのまま生成AIに入れても大丈夫ですか。

そのまま入れることは避けます。取引先名や摘要の個人名はコードに置き換え、給与の個人別の仕訳や口座番号は渡しません。個人情報保護委員会の注意喚起(令和5年6月2日)は、個人情報を含むプロンプトの入力が利用目的の達成に必要な範囲内かの確認と、提供事業者が機械学習に利用しないこと等の確認を求めています。個別の法的判断は法務部門や弁護士に確認してください。

AIが出したルールをそのまま引き継ぎ書にしてよいですか。

そのまま使うことはできません。AIの出力は前任者の処理の傾向を言葉にした仮説で、前任者の誤りもルールとして出力されます。証憑との照合、直近月への当てはめ、前期の決算書・申告書との整合、税理士・監査法人への確認を経て、ルール一覧の状態を確認済みにしたものだけを引き継ぎ書に載せます。

少人数の経理で、二人体制にする余裕がありません。どうすればよいですか。

常時の二人体制が難しい場合でも、主要な業務ごとに副担当を決め、四半期に1回程度は副担当が実際に処理する月を設けると、引き継ぎ書が実際の処理と合っているかを確かめられます(編集部の目安)。あわせて、税理士や外部の専門家に任せる業務の範囲を決めておくと、退職時に処理を止めずに済みます。

引き継ぎ書と業務記述書は別に作る必要がありますか。

読み手と目的が違うため、文書としては別になります。引き継ぎ書は後任者が業務を回すための文書、業務記述書はJ-SOXの評価で統制を説明するための文書です。ただし業務の棚卸しは1回で済み、引き継ぎ書の承認者や防いでいるリスクの欄を業務記述書とRCMの記述に転記できます(編集部の整理)。

参考資料

  1. 株式会社はてな「特別調査委員会による調査報告書の公表及び役員報酬の一部自主返上に関するお知らせ」(2026年7月24日、調査報告書(開示版)2026年7月17日付を含む) (最終確認 2026年10月20日)
  2. 株式会社ニチリョク「財務報告に係る内部統制の開示すべき重要な不備に関するお知らせ」(2025年6月27日) (最終確認 2026年10月20日)
  3. 株式会社ニチリョク「財務報告に係る内部統制の開示すべき重要な不備及び「内部統制報告書の訂正報告書」の提出に関するお知らせ」(2026年6月30日) (最終確認 2026年10月20日)
  4. 日本取引所グループ「新規上場ガイドブック(グロース市場編)」(2026年9月) (最終確認 2026年10月20日)
  5. 日本取引所グループ「上場審査基準の概要(グロース市場)」 (最終確認 2026年10月20日)
  6. 個人情報保護委員会「生成AIサービスの利用に関する注意喚起等」(令和5年6月2日) (最終確認 2026年10月20日)

本記事は2026年10月20日時点で確認できた法令・資料に基づいています。個別の取引への当てはめは、顧問税理士や監査法人と確認してください。

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